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2009年3月25日 (水)

百人一首 88番皇嘉門院別当            89番式子内親王 

Hyak

第88番「皇嘉門院別当 」                                               (こうかもんいんのべっとう)
 ”難波江の芦の刈り根の一夜(ひとよ)ゆへ
                        みをつくしてや恋ひ渡るべき”
           (千載集・巻十三 恋三)
 「難波江の芦の刈り根の一節(ひとよ)ではないが、ただ一夜の短い旅の仮寝のために、この身をささげ尽くしてひたすら恋い続けなければならないのでしょうか」
□ 皇嘉門院別当に就いて
  平安・鎌倉時代の歌人。 村上源氏、源俊隆の娘。 生没年未詳。
皇嘉門院(崇徳天皇皇后・藤原聖子)に仕えて この呼名がある。皇嘉門院に仕えていた女房に、近江・尾張・出雲などが居り、そのなかで皇嘉門院を冠せられる歌人としては、別当の他に出雲・治部卿がいるが、何れもすぐれた歌人とは云い難く、その中では比較的別当の詠歌が目立っている。
                  (この項 終り)
第89番 「式子内親王」 
      (しょくしないしんのう)
 ”玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば
                        忍ぶる事の弱りもぞする”
          (新古今集・巻十一 恋一)
 「わがいのちよ、絶えるならば絶えてしまえ。恋心を忍んでいることが出きなくなって、人に知られてしまいそうだから」
定家が百人一首に撰んだ冒頭の一首は、心情の屈折感と文脈とが必ずしも融けあっているとは云い難く、代表作とするにはやや問題があるが、「玉の緒よ」の歌の激しさが、高貴な人の幻想的雰囲気の中に吸収、享受されている事を評価したのであろう。
          解説者 牧 宏安
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皇嘉門院別当は簡単な解説となっておりますが、式子内親王は内容が豊富なので次回四月に又引き継いで牧先生に解説をして頂きます。
”玉の緒よ絶えなば絶えね長らえば
      忍ぶることの弱りもぞする”
この歌も私は大好きな歌です。                  内親王で斎院という身分の作者の立場を考えると、この歌のやるせない悲しさ、女心の美しい優しさが伺えます。
sakura-HP 88番と89番

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